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人生のターニングポイント
実は、この年の夏、北浜の百貨店の一角にコンピューターゲームの体験コーナーがあって、何故かボーイスカウトの社会見学として触れたのがきっかけで、コンピューターという物がどういうものか知っていた。
私が今の業界に入って25年。
考えたら四半世紀になるんですね。。。


私がこの業界に入ることを決定づけられたのは、大学生の頃に親父と話しをしたからですが、そのきっかけを作ったのも親父でした。
忘れもしない1982年の冬に「コンピュータ(当時はパソコンと呼ばれていなかった)欲しいか?」と聞かれた。
実は、この年の夏、北浜の百貨店の一角にコンピューターゲームの体験コーナーがあって、何故かボーイスカウトの社会見学として触れたのがきっかけで、コンピューターという物がどういうものか知っていた。
だから迷わず「欲しい!」と返事して、11月下旬から12月上旬にかけて我が家にCZ-800Cが届いたのである。


最初は、説明書を読むもサッパリわからず。
カセットテープがあったので、それをラジカセで聴く物だと勘違いしたけども、「ピ~ヒャララララ~」と雑音でサッパリわからず(笑)
小学生には難易度が高いと思いつつも、説明書を1から読みながらやって青いラベルのカセットテープを挿入して起動することが出来た。
(黒いラベルはサンプルプログラム集だった。)


しかし、出来ることは凄く限られていて、子供心に体験したかったゲームに辿り着けなかった。
すると、親父は会社からマイコンBASICマガジンに掲載されていたプログラムをコピーして持って帰ってきてくれた。
それを必死に打ち込んで、デバッグして、動いたときは感動ものだったのを覚えている。
これまで、電子ゲームは大変効果でお金がかかる(安くても8000円くらい?今の貨幣価値で言うと20,000円弱か?)のに、1~2ページのプログラムを打ち込んでデバッグしたら出来るんだから。
そして、この雑誌を探しに本屋へ行くと300円で手に入れられることを知った。
私の小遣いで十分買える金額だったので迷わず購入。(その後2000年くらいまで約17年間購入した。)


そこから独学でプログラムをひたすら打ち込み、覚えたコマンドや変数で改悪したりして学びました。
高校受験時にはマイコンを隠されて、全く出来ない1年を過ごし、高校に入ってからはクラブが多忙で触れず。
大学に入ってようやく少しだけ触れる時間が出来ましたが、この頃には大学寮でファミコンやらPCエンジンやらで充実していました。
でも、中古屋でX1Gを買ったのだけは覚えています。


学生時代にテレビゲームを浴びるように遊んで、将来はそっち方向に進むことに身を固めていました。
しかし、親父と話しをしたときに、テレビゲームではこの先何年もめまぐるしく変わるから、そっち以外に進んだ方が良い。
と言うことで、今の業界に入りました。


いわば私のターニングポイントは、1982年の冬にあったのでした。
あの時、親父がPCを買ってくれなかったら、きっと私は違う業界に進んでいたと思いますね。
どんな業界に進んでいたかって?
それは、秘密です(^^)


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Posted by いぐぅ 06:00 | ざれごと | comments (0) | trackback (0)

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