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持論◆学生時代の名指導者たるもの
後輩には、卒業してから、京産大、同志社大、立命館大、関西大、関学大のハードラーを中心に「ハードルグランプリ」と言うのをやりました。
これはあくまでも私の持論なので、異論は大いに受け入れます。


私の中で名指導者というのは、
・毎年数名の選手を全国大会に送り出す
・全国大会で優勝する
・名誉欲がないこと


細かいことを挙げるとキリがありませんが、この3点セットが私が持論する名指導者です。
私は、非常に運が良かったのか、中学、高校、大学と名指導者に当たりました。
中学では、全国大会に行けたし(記録無しで終わったけど)、
高校では、高校2年生夏から種目変更して、全国インターハイで優勝したし、
大学では、オールフリーで練習させてもらえたので、日本選手権で3位、世界陸上標準記録Bを突破しました。(出場はなり得ませんでしたが。)
でも、目標としていた13秒台を出せなかったのが、唯一悔やむかな?


社会人では、学生時代に多くの犠牲?を払ってきたのでスッパリと辞めたのですが、それについて後悔は微塵もありません。
私と同世代の人達(大学時代を除く)は共感を得られると思いますが、血反吐を吐くような練習の日々で、盆も正月もなく合宿三昧に明け暮れていた時代もありました。


そして、これは私が痛感することなのですが、中学にしても高校にしても大学にしても、自身の成績はそこそこ良くても後輩の成績が良くありませんでした。
同じような練習方法や、理論を説明しても全国どころか地区大会が関の山でした。
これをみて、「私には、指導者として向いていないな。」と自覚しました。
そんなことを言うと、「たった1~2年で後輩が先輩を超えるような成績を残せるなんて、簡単に出せたら指導者なんていらんやろ。」と言われます。
まぁ、確かにその通りなのですが、どうも私の場合、自分より先輩(大学時代を除く)が全国で活躍し、自分がそれを追い越すことをしていると、私から後輩への伝え方に問題があったのだと思うのです。
この問題に、足りない脳をフル回転しても答えが見出せないので、もう考えるのを諦めています。


なので、私が時折高校生に練習を見るときは、30年前に教わったこと(特に米国で教わったことは、日本のやり方とはまるっきり正反対で勉強になりました!)を伝えています。
今では、その恩師がYouTubeで練習方法を公開されているので、私が説明するよりも直接見た方が良いかと思います。

陸上選手亝誓Root coming

このトレーニング方法や理論を見ると、私が学んだ当時のやり方が如何に前時代的なのかわかります。
特に中学生や高校生には見てもらいたい動画チャンネルです。
逆に前時代的な考えを持った指導者だと、発狂するような内容かも知れません(笑)

この動画を視て、その練習方法に近いことを、中学の冬季練習に取り入れていたのは、やっぱり名指導者だなあ。と思います。
無茶苦茶しんどかったし怖かったけど…(^^)


私は指導者の道に進まなかったので、名指導者ではありませんが、迷プレイヤーであったことは間違いないでしょう。
特に大学時代、多くの先輩方(他校を含む)に優しくされたのは、一生忘れられないですね。

後輩には、卒業してから、京産大、同志社大、立命館大、関西大、関学大のハードラーを中心に「ハードルグランプリ」と言うのをやりました。
3年くらいやったかな。
当時、ラップトップワープロを駆使して、この時期にデーターを集計して全員(だったか記憶があやふやだが)に冊子として配り、上位入賞者には賞状を贈ってました。
合同練習会も1回だけやったかな?
冊子を作るのが大変でした。
最初は、ワープロで印刷していたんだけど、あまりにも印刷速度が遅い(当たり前だが)ので、会社のコピー機で印刷してました。
当時の資料は、私も紙として原本を未だに持っています(^^)
ちょっと脱線しちゃった。

今は、色んな大会が充実していて良いですね。
110mHのレベルもグーンと上がって、今じゃ100mを11秒台で走っている選手じゃ、地区選手権に勝てないかも知れませんね。


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Posted by いぐぅ 06:00 | スポーツ::陸上競技 | comments (0) | trackback (0)
キング・オブ・アスリート
と、前置きが長くなりましたが、陸上競技界のキング・オブ・アスリートの本命は、【デカスロン】。
陸上競技界のキング・オブ・アスリートと言うと、一般人なら「100m!」でしょう。
たった100mを男子が9秒台で走りきるレースは、いつ見てもハラハラワクワクするものです。


これは、私の物凄い偏見が入っているのですが、私の陸上競技界のキング・オブ・アスリートと言うと

【走る】
100m
マラソン

【投げる】
槍投げ

【跳ぶ】
走り高跳び

の4種目です。
4つもあるんかい!と言われそうですが、陸上競技というのは、【走る】【投げる】【跳ぶ】を総称しますから、それぞれの部門から1種目ずつ選ばないとナンセンスなんです。
【走る】部門に2種目入れたのは、単純にシンプルです。長いか短いか。甲乙付けがたいので。
【投げる】に槍投げを入れたのは、やっぱり未だに日本記録保持者の溝口さんを間近で見てきたからですね。
もしも、身近で室伏広治のお父さん室伏重信さんを見ていたら、ハンマー投げになっていたかも知れません。
【跳ぶ】に走り高跳びを入れたのは、自分がやっていたのもあるのですが跳躍が格好いい&綺麗なんですよ。
YouTubeでたまに見ることがありますが、ウットリしてしまいます。
決して、自分の跳躍が綺麗だなんてナルシストじゃありませんからね!


と、前置きが長くなりましたが、陸上競技界のキング・オブ・アスリートの本命は、【デカスロン】。
デカスロンとは、なんぞや?と言いますと、混成競技のことを指します。
読んで字のごとく、混成。色んな種目をやって得点を付けて、合計得点で順位を争います。


小学生に混成競技はありませんが、中学生からあります。
「4種競技」と言われるものです。
私が中学時代の頃は、【3種競技A】と【3種競技B】が存在していたのですが、いつの間にか「4種競技」に変わってました。
これを1日でやります。
私は、中学3年生の時に1度だけ【3種競技A】に出場しました。
種目は、100m/砲丸投げ/走り高跳び。点数については、サッパリでしたが全国大会出場まで数百点の記録でした。(300点くらいだったかなぁ?)
この時に私は混成の魅力を感じましたが、いかんせん大会が少なくて1度キリで終わりました。


高校に進学してからは、「8種競技」というものに出会いました。
この時、全国インターハイに出場しない選手は、半ば強制的なエントリーをさせられました(笑)
私が進学したときにルールが変わった(それまでは5種競技)んだと思うのですが、残念ながら証拠がありません。
この8種競技というのは、2日間に分けて1日4種目を競います。
【1日目】 100m/走り幅跳び/砲丸投げ/400m
【2日目】 110mH/槍投げ/走り高跳び/1500m

なかなかハードでしょ?それぞれの日の最終種目がロングディスタンスです(苦笑)
私はこの8種目の中で、やったことがないのは110mHと槍投げくらいです。
なので、それぞれを先輩や同輩に教えて貰いました。
あ、110mHは高さが106.7CMで、中学の時にやっていたのは100mHで91.4CMでした。(84CMだったかも知れない。)
なので、未知の高さだったんですよ。えぇ。

高校3年間、京都府高校記録を目指して11月の滋賀県記録会にまで出場したのですが、調整時期に万博でジャンピングの練習を散々させられて、足腰に疲労が溜まって更新出来ませんでした。
(あの時ほど、S先生を怨んだ事を忘れない。)
100mは自己新記録の10秒9を出せたものの、走り幅跳びでは6mを超えられず、110mHで稼ぎ、苦手な1500mでも4分40秒台を出したものの、走り高跳びで稼げずで散々でした。
滅茶苦茶しんどいのですけど、途中で走り高跳びから110mHに転向して開花したけれど、混成競技もまた別の意味で魅力がありました。


そして、大学に進学してからは、社会人と同じ【10種競技】=デカスロンになります。
8種競技にプラス2種目追加されます。
【1日目】 100m/走り幅跳び/砲丸投げ/走り高跳び/400m
【2日目】 110mH/円盤投げ/棒高跳び/槍投げ/1500m

数ある種目の中での真骨頂  -- 2017-06-12 Monday


この時にも書きましたが、とにかくしんどい。
これも1回しか出場しませんでしたが、1回出場しただけで十分でした(笑)
この1回出場して、京都府選手権で優勝しましたが。(過去最低に近い点数で優勝。)
何度でも書きますが、棒高跳びだけは技術的な情報を全く知らないため、なんの練習を始めたら良いのか分からず、ノープランで大会に挑みました。
結果的に記録なしで0点に終わりました。


今のルールでは分かりませんが、当時のルールでその種目を棄権すると、以降出場出来なくなるんですよ。
棒高跳び出来ないから棄権すると、そこで失格。記録は7種目の合計得点で順位が決まります。
だから、出来なくても3回ファールをしてNM(No Mark)を付けないと次の種目に進めません。
シビアな大会だと、この1種目0点で順位は大きく変動するんです。当たり前ですが。
世界では9000点オーバーと、もはや私にしたら変態の領域です。


オリンピックに出場するためには、国内で8000点以上出すことが必須です。
8000点と行っても一般人には、ピンと来ないのでサイトにある得点計算機で記録を出してみました。

8000点オーバー


【1日目】
100m=11秒27
走り幅跳び=6m95cm
砲丸投げ=15m16cm
走り高跳び=2m
400m=50秒32

【2日目】
110mH=15秒41
円盤投げ=46m59cm
棒高跳び=4m64cm
槍投げ=64m09cm
1500m=4分21秒77


ですよ。これで8000点ちょうどです。
棒高跳びで4m64cmと言う試技は殆ど無いので、4m70cmが現実的な答えでしょう。
私がこの10種目の中で生涯記録が超えているのは、100mと110mHだけです。
過去に経験した走り高跳びですら7cm足りない。
投擲系は全然パワーがないのでその半分超えるのがやっと。
日本のトップランナーでも、8000点を超えているのは片手もいません。
簡単に8000点というのですが、それ程過酷で困難な競技なんです。
だから、キング・オブ・アスリートなんです。


でも、陸上競技を経験していく上で、混成競技は一度やって欲しい競技です。
「最後に1500mなんて無茶やわ!」と言いますが、その終わったあとの開放感は堪りません。
その開放感こそが、混成競技の魅力なのです。
伝わりましたかね?
伝わらないか。。。


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私にとって今日がとある記念日
今年はオリンピックの関係で、1~2週間ずらしての開催だったのですが、例の武漢ウイルスのせいで全国大会が中止となりました。
例年、この時期には全国高校選手権、通称インターハイが行われています。
今年はオリンピックの関係で、1~2週間ずらしての開催だったのですが、例の武漢ウイルスのせいで全国大会が中止となりました。
これほど悲しい結末はない。と言って良いほど、インターハイ経験者は言うのです。武漢ウイルスが憎いと。
まぁ、出場に縁もゆかりも無ければ、クラブ活動に理解されないだろうし、そんなスポ根(スポーツ根性)のどこが良いねん。てなるでしょうね。


それはさておき、うん十年前に私は全国インターハイの頂点に立ちました。
学校対抗得点でも優勝。感無量の1日でした。


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それは本部が決めるのではなく本人が決めること
大会中怪我で棄権になるのも選手自己自身の責任。
陸連案にサニブラウン疑問符「リレー二の次になる」


日本陸連は、アスリートファーストを完全に無視していますね。
2種目、3種目出場するか否かは、本人が決めること。
「二兎追うものは一兎をも得ず」と言う諺もありますが、選手が最終的に判断すれば良いだけのこと。
いきなり上から押さえつけるような取り決めは、選手が日本陸連を不信に思うことになりマイナスとなります。

その2種目に出場し決勝に賭けることをモチベーションにしている選手だっています。
私は、この1種目に絞るやり方は、疑問視せざるを得ないです。

一生に一度有るか無いかの晴れ舞台。
しかも東京で行われることに、選手一人一人目標に向かって日々研鑽しています。
大会中怪我で棄権になるのも選手自己自身の責任。
日本陸連のせいではありません。


もしかして、競技日程が過密スケジュールなのでしょうか。
それでも、モチベーションの高い選手は調整して挑んでくるはずです。
それは日本人だけじゃなく、世界のアスリート共通です。
もうちょっと、選手とのコミュニケーションが必要ではないかなあ。
と私は思います。


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マラソンと競歩が札幌で開催に・・・と思ったら?
 国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ調整委員長が東京都に対し、競技会場を札幌市へ移す案が浮上している2020年東京五輪のマラソンと競歩以外の競技についても、「暑さ対策に課題が残る」と問題を提起していたことが29日、都関係者の話で分かった。
先週末、IOCと東京都、国、あとだれか知らんが四者会談で、「合意なき決定」でマラソンと競歩が札幌で行われることになりました。
そもそも論として、真夏に長距離レースをやる事自体、何の罰ゲームなのか皆目見当つかないんだけど、IOCが何の知見も集めず、「北海道なら緯度的に東京よりも北の位置にあるから涼しいだろ。よし決定。」みたいな感じで、恐らく日本陸連に打診をしてアスリートファーストを考えて決定したんじゃなかろうか。


その原因が、今年の世界陸上が教訓としてあったからだろう。

酷暑で棄権続出の世界陸上 批判止まず「開催決めた人間は今ごろ涼しい部屋で寝てる」

いや~、私的には、選手がバッタバッタ倒れるところを見たかったんですけどね。
夏の開催が、どれだけ悲劇をもたらすのか、IOC委員は考えてもらいたい。
アメリカの放映権料を当て込んだ商業主義のオリンピックは、今一度見直してもらいたいものです。


と思ったらですよ、今度は・・・
【東京五輪】マラソン開催地変更 IOC幹部「他競技も課題」
こんなニュースが舞い込んできて、もうそれだったら、最初から北海道オリンピックとしてやれば良かったやん。と思うわけです。

それにしても、分かっているけど何で札幌に拘るんでしょうかね。
涼しいところでの開催ならば、稚内とか北見とか釧路でやれば良いのに。
実績あるでしょ。道内でも国際じゃなくても公認コースが。
急遽決まった札幌での開催。
いや、他の競技も札幌に拘ったら、一体何のために東京は開催のために準備してきたのか分からねえな。
IOCの独断で開催地を変更させるなんて、じゃぁ、何のための候補都市を絞ってきたのか、サッパリ分からねえな。

あと9ヶ月で出来るのだろうか。いや、やらないとあかんねんやろな。
道民としては、複雑な心境だろうなあ。
都民は怒り心頭だろうけど。


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挫けずに続ける事って難しい
日本選手権で活躍するには、この選手権では悠々と通過して欲しかったのですが、残念ながらその結果は遂げられませんでした。
先日、京都選手権を見てきました。
先月の近畿インターハイで惜しくも7位で全国インターハイへの切符を逃した子と、社会人になってからも仕事と両立で続ける選手と。
日本選手権で活躍するには、この選手権では悠々と通過して欲しかったのですが、残念ながらその結果は遂げられませんでした。
あいにくの雨と低温というコンディションだったのですが、どちらもアップ不足なのか、調整不足なのか思うような走りが出来ていなかったように思えます。
キレがないというか、高校生は明らかに走り込み不足(やはり春先の怪我が影響か?)、社会人の方は調整不足か。

な~んて、上から目線で書いていたりするのですが、これでも私、一応日本選手権最高順位3位ですからね。
当時の世界陸上標準記録を突破していましたからね。(参加標準記録が今より低いけど)
日本選手権は4年連続、2年連続ファイナリストです。(一応・・・)
4年目は(就活のため)殆ど惰性での出場でしたが(*´д`;)…


ここで挫けずに秋の大会に向けて夏の練習に頑張ってもらいたい。
怪我をしないようにケアをし、万全の体制で臨んで欲しいな。
いま一度、自分を振り返り何がいけなかったのか、自分で考えるも良し。客観的に見られる人からアドバイスをもらうも良しです。
井の中の蛙になりませんように・・・。


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私は常に挑戦者だった
まぁ、中学では走り高跳びが専門種目だったので、走り高跳びで手を抜くと言う事はわからなかった。
SNSで心に刺さったことがあったので、ちょっと書いておこうと思う。
私が現役時代、毎日の練習でどこにピークを持っていくか、どこで手を抜くかを考えていた。(高校生まで)
でも、試合で予選レースから手を抜くことは、殆ど無かったように思う。


動画を参照していただければ分かると思いますが、手を抜き始めたのは大学3年生の7月くらいから。
それも都道府県レベルの大会のみ。
それ以外は、常に挑戦者という気持ちで記録に挑んでいる。

まぁ、中学では走り高跳びが専門種目だったので、走り高跳びで手を抜くと言う事はわからなかった。が正しいか。
専門種目じゃなかった400mHは、予選通過が分かったら体力温存という意味で10台目過ぎたところから流していました。
もしくは、前半の250mまでは体力温存、ラスト150mで追い上げるレース展開をしていました。
中学時代、200mや4x200mRでは、とにかくよく分かっていないから、全力で走りきっていたし、
高校時代、4x400mRも220mくらいまで全力で残り死力を尽くす感じで走りきっていました。
混成種目の最終種目である、1500mはペースも何もわからないから、取りあえず前半は付いていって後半は惰性だったんじゃないかな?


では、高校時代の途中から専門種目を走り高跳びから110mHに転向した時は、手加減というのも分からないし、手加減したらしばかれるので、予選レースから全力を出し切っていました。
高校時代は、府下大会だろうが、地区ブロックだろうが、全国だろうが、お構いなしに全速力で走ってました。
常に誰かと勝負している感じでしたから、余裕なんてものはありませんでした。
なので、高校3年のインターハイでは、府下大会の予選レースから全国大会の決勝レースまで、ALL1位でした。
府大会の予選レースに出場した全選手でタイム1位、全国大会決勝も1位。
後年に言われたのですが、このALL1位、なかなか出来る人が少ないようです。
どこかのレースで流したり、ピークを地区大会に合わせるために府下大会では順位もそれ程では無いとか。
羨ましいもんです。実力のある人がね。

大学に進学してからは、明確な目標があったのでそれに向かって、どの大会もタイム狙いで記録会だろうが全国インカレだろうが走り込んでました。
大学3年生の6月までは。
なぜ、大学3年生の6月までなのかは、いつの日かこのブログで書くと思いますが、取りあえずまあ、目標に向けて全力だったんですよ。
予選レースから常にタイムを狙っていた。と言うべきか。
どんな条件であっても。
あ。一度だけ意識してふざけたことがあります。
それは、大学1年生の国民体育大会の時。
予選は、その組で1位通過したのですが、ゴール後豪快に転がりました。
何で転がったのかは記憶にないのですが、転けたのは間違い有りません。(これはワザとでは無い。)
そして準決勝。成人男子共通でしたので、マジで走らないと決勝に残ることが出来ない組でしたので、1台目の入りが勝負でした。
が。1台目の抜き足で引っかけてしまい、置いていかれてしまいました。
そして、何かしてやろうと思って、リード足の踵で全ハードルをわざと倒していきました。
故意ではありますが、手を使っていないので(当時のルールでは)失格ではありませんでした。
勿論最下位でした。
でも、それ位ですね。途中で(つーか始めから)手を抜いたレースをしたと言えば。


私は、元々力のある選手ではないと自負していましたので、予選で流したレースをしてしまうと、決勝で記録が伸びないと思っていたんです。
実際、大学3年生の7月から予選レースで流した結果、決勝は思った程記録が伸びなかったり落ちたりしましたね。
そうしたことが身に染みて分かったので、よほどの大会でない限り、予選のレースで流すなんて事はありませんでした。
これは、今の子達にも強く言いたいですね。

先日の日本選手権では、高校生がかなり活躍していました。
予選から個人記録(Personal Best)を更新していた子もいました。
こう言う子達は、これからも上を目指して、「挑戦者」として頑張って欲しいですね。
常に記録更新を目指して、世界の大会で活躍してもらいたいですね。


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近畿インターハイを見てきました。
昨日、近畿インターハイを見てきました。
昨日、近畿インターハイを見てきました。
陸上競技の方ね。

何年か前から、近畿インターハイの日程が4日間になっていて、私の専門種目が最終日になっていました。
私が現役の頃は初日だったんですけどねぇ。

そんなわけで、見てきたのですがいやはや相変わらず近畿のレベルが高い。
私が全国インターハイの決勝で記録したタイムより1秒近い速い記録が優勝タイムでした。
オマケに2年生でまだまだ成長期か。
怪我さえしなければ、来年が楽しみですね。
コンスタントに13秒台を出せば本物から化物になるでしょう。

うちの母校、これで近畿で総合優勝5連覇(近畿初)です。
全国でも個人がそれぞれいかんなく力を発揮すれば、総合優勝が出来るのでは無いでしょうか。


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昨日から京都インターハイ
2週間後・・・近畿インターハイ。
が、始まりました。
今年は何だか早い気がしますが、私の頃を遡って考えてみると、


5月GW・・・国体一次予選
2週間後・・・京都市総体
2週間後・・・京都インターハイ
2週間後・・・近畿インターハイ
2~3週間後・・・京都選手権/日本ジュニア選手権(現・日本ユース)
と言った具合でしたから、まぁ、順当な日程なのでしょう。


当時、これが当たり前だと思っていたのですが、よくよく考えると物凄くハードワークですよね。
シーズンが始まってから7月まで何かしらの大会があるわけです。
この時期は、練習量がグッと落ちるのですが、大会終了翌日に身体のケア、それから5日間で練習量をピークに持ってきて、1週間前から調整で練習量を落とすやり方をしていた気がします。
今はどのようなやり方をしているのかわかりませんが、もっと効率の良いやり方をされているのでしょうね。


今年の全国インターハイは、なんと沖縄だそうです。
うらやましい。
私の時は、神戸でした。
観光気分もへったくりもない。
その分地の利があって勝ちましたけどね(^^)


全国の頂点を目指す選手は、この関門を軽く突破してもらいたいですね。


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ある程度基準を明確にするのは必要だと思う
地元の陸連が塩対応だったから、日本陸連の強化本部へ掛け合った結果が、この様な不幸を招いてしまったのでしょうか。
男子マラソン 大迫選手 “推薦基準改善を“ ツイートが波紋
大迫傑vs陸連、五輪前にこんなにモメてて大丈夫か

先日、こんなニュースを見ました。
大迫選手のツイートが紹介されてました。




陸連よ。対応が雑すぎやしないか?
陸連の本音と建て前を使い分けるにしても、こんな建て前にもならん理由は、大迫選手にすごく失礼だし、10000mに出場する選手をバカにしているんだが。
ニュースで陸連幹部は、このツイートとは全く違うことをコメントされていたんですが、それならそうとちゃんと回答しないと。

でもって、大迫傑選手は、昨年の東京都選手権や関東選手権には出場登録されていたのでしょうか。
ここがポイントになるのですが、どちらも全国や世界級の大会と重なって出場されなかったのでしょうか。

ちょっと脱線しますが、日本選手権に出場するには、ハードルがあります。
・陸連が指定する期間に標準記録突破していること
・都道府県選手権、地区選手権で上位入賞していること

私は過去に、1度だけ不遇なケースがあって、当時京都陸連か近畿陸連?から推薦を受けて、日本選手権に出場したことがあります。
当時、前年の京都府選手権が日本ジュニア選手権(現日本ユース)と重なって不出場。
近畿選手権が豪雨洪水のため競技中止で記録なし。
と言うことがあったんです。
しかし、日本選手権の標準記録(今のようにA標準、B標準はなかった)を突破していたこと。
日本ジュニア選手権で優勝(タイムは平凡)していたことで、日本選手権に出場することが出来ました。

大迫傑選手は、このハードルを越えず、地元の陸連に掛け合ったでしょうか。
地元の陸連が塩対応だったから、日本陸連の強化本部へ掛け合った結果が、この様な不幸を招いてしまったのでしょうか。
このあたりは、ツイートにはないことから真偽が定かではありません。
けど、ニュース記事ではずっとマラソン専門だったようですから、期間内の公認記録である10000mの記録は持っていなかったようですね。
この点において、大迫傑選手に落ち度があると私は思います。
こうした問題が起こる前に、公認記録が残る大会に出場していれば、こうしたことは起きなかったのですから。


けど、日本陸連は推薦基準を明確にするべきと私は考えます。
大迫傑選手のツイートが誤解を招くことであれば、改善する余地があると考えます。
そうしないと、今後同じようなケースが後を絶たないでしょう。
短・中距離、障害選手には余り影響はありませんが、長距離選手の場合はマラソンやクロカン、そしてトラックレースと年中レースがあるようなものです。
線引きしておかないと、日本陸連本部の不信を買うことになります。

さて、このまま有耶無耶にしてしまうのか。
日本陸連の出方に注目です。


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