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近畿インターハイが終わる

昨日、4日間の日程で奈良の鴻ノ池にて行われた。
相変わらず、うちの母校は強い。
トラックでダントツの1位を取っている。


それでも「おや?」と思ったのは800mの結果。
1年生ながら京都インターハイを制し、タイムも決して悪くないのに何故か近畿インターハイでは決勝に残っておらず準決勝敗退。
怪我でもしたのだろうか。
それが心配である。
滋賀の1年生が近畿インターハイを制して、これもまたタイムがエグい。
1年生で1分50秒台か。怪我なくキッチリトレーニングをやれば、日本選手権でも決勝に残れるのではないだろうか。

それよりもだ。
私達の頃は、近畿インターハイの強豪校というと、奈良の添上高校だった。
「だった。」という過去形になっているのは、今はサッパリ全然聞かないと言う事。
添上合宿に2度ほどお世話になったことがある。
早朝練習から滅茶苦茶ハードワークで、「これは強くなるわ。」と納得するほど練習量がうちよりも圧倒的な量だった。
お陰で、私も京都インターハイで110mHと400mHの2冠達成したのだが、その当時の400mHは桂高校のK君が強かった。
しかし京都では、高校2年生秋のジュニア大会から京都インターハイまで負け無しが続く。
タイムは平凡だけどね。
それもこれも、添上合宿のお陰だと思っている。
2日で2000m以上走れる体力だけは付いた。
400mを走る力は付かなかったけれど(苦笑)


そんな添上高校に何があったかは分からない。
当然指導者もとっくに引退して新しい先生なりコーチに引き継いでいるハズなのだが、生徒と先生・コーチの間で練習指導方法が噛み合わないのだろうか。
悪い言葉しか見つからないのだが、完全に「没落」してしまっているのだ。
すごく残念で仕方ない。
私にとって、添上高校とはライバルでした。
(男女ともに強かった。)
実際、全国インターハイで総合優勝したときも1点差の争いでしたからね。
なので、是非とも再興して欲しいなぁ。と思うのであります。


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Posted by いぐぅ 18:00 | スポーツ::陸上競技 | comments (0) | trackback (0)
今日から京都インターハイが始まる・・・

今となっては過去の栄光ではありますが、○○年前の今日、私のヴィクトリーロードが始まるのです(大袈裟)。
本当にこの年は、私の人生全ての運を使い切ったと言っても良いくらいですね。
この当時の優勝タイムでは、今の京都インターハイでは優勝できません。
私が、京都高校記録を出したタイムでも京都インターハイで優勝することは出来ないでしょう。


それくらい、クソレベルが上がっているんですよ。
それだけ技術向上した証拠でもありますが。
今のハードルは当たっても痛くないらしく、ふにゃふにゃだそうです。


私の頃は、木材だったのが当たり前だったので、当たると膝に青たんや時には大怪我することもあります。
今の選手には分からないでしょうが、西京極のサブトラックにあるハードルは昔のままでした。
(3年前の記憶)
生徒に聞くと当たると痛いからあまりしたくないらしい。
まぁ、そうでしょうね。
当たると確かに痛いし、当たると反発(反動)も強いので脚力の弱い選手はバランスを崩します。


もしも、私が今練習を再開したときに、その木のハードル抵抗感はあるのか?と聞かれたら、「怖くない。」と答える自信はあります。
もう、何度も青たん作ったし傷も作ったくらいなので、全然平気なんですよ。
逆にフニャフニャな方が怖いくらい(笑)
フニャフニャは、嫌な思い出があるんですよ。
その話は、またいずれ・・・


既に一部の府県では終わっていますが、今年も近畿インターハイはハイレベルな戦いになるんでしょうね。



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Posted by いぐぅ 06:00 | スポーツ::陸上競技 | comments (0) | trackback (0)
いつの日か夢見るあの日のこと

この歳にもなると、割と回顧録的な事しかなくなってくる。
もう実現できないけれど、可能ならやってみたいなぁ。と言う思いを3選。


(1) 母校高校OBの陸上競技部で全国インターハイ優勝者による一堂OB会
言わずと知れた、あの高校ですが、多くのインターハイ優勝者を輩出している学校でもあります。
最初に優勝した先輩から、最近卒業した後輩まで一同が集まって、もちろん、元監督やコーチを囲んであれやこれやと話し合ってみたい。
全員が集まったら、それだけでかなりの地元紙の記事が出来上がりそう・・・


(2) 全国インターハイ優勝者が集まって中華人民共和国に遠征したメンバーによる同窓会
これもやってみたい一つ。
全国インターハイ優勝者が集まると、こうも面白くなるのか。と滅茶苦茶見る目が変わった。
と言うのも、私の固定概念なのですがインターハイで優勝する選手って、クソ真面目で堅物の集まりだと思っていたら、全くの真逆でした。
悪い言い方をすれば、(私も含めて)変わり者の集団。
価値観を変えさせられました。
今でもオンラインやオフラインで会っている人もいますが、一同が集まってワイワイ話したいですね。


(3) 昭和最後の京都国体出場者とコーチ・監督の同窓会
これが一番出来そうで出来ない感じの同窓会。
みんな集まって、当時を振り返ってワイワイ話をしたい。
そろそろ、順繰りに3巡目となる節目に出来たら良いなぁ。とか(笑)


どれも高校時代に経験したことなのですが、凄く思い入れがあるんですよ。
滅茶苦茶青春してました。
しんどかったけどね。
その分、沢山の見返りがありました。
色々あったけどね。


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Posted by いぐぅ 06:00 | スポーツ::陸上競技 | comments (0) | trackback (0)
混成競技で最低限必要な技術(持論)

あまり目立たない混成競技ですが、中学生なら1日4種目、高校生なら男子が2日で8種目、大学生以上なら男子が2日で10種目、(高校生以上の)女子が2日で7種目行います。
基本的に
・どれだけ速く
・どれだけ遠く
・どれだけ高く
なのですが、次に掲げる種目は、どんなに走力があっても、どんなに脚力があっても技術がなければ高得点が望めません。
(センスのある人は別)

・ハードル
・走り高跳び
・棒高跳び(女子は無し)

他にも、得手不得手がありますが困難を克服することによって、高得点を望める種目は次の通り。
・中距離走(男子1500m、女子800m)
・投擲全般


これは、あくまでも持論なので異論はたくさんあるでしょう。
私も、10種競技の京都選手権覇者として書かせてもらいますね(笑)


まずは、ハードル。
インターバルを3歩でいかに速く走れるか。そして、スピードを落とさずに走りきれるかがポイントです。
リズムもありますけれど、そもそも技術と100mの走力がなければまずインターバルを3歩で走ることは困難です。
中学時代に冬季トレーニングで練習を積んでいたのなら、あとは高さの問題です。
男子なら106.7cmという高さを如何に克服するか、練習するしかないでしょう。
女子も84cmという高さですが、インターバルが8.5mと比較的長いので、一定の走力が求められます。
後半、インターバルを無理して3歩で走ろうとすると、間延びして一気にスピードダウンしてタイムを落とします。
前半のスピード貯金を後半に少しずつ使って維持していくか。それには、ハードリングの技術が求められるでしょう。


次に走り高跳び。
小学生の体育の時間にはさみ跳びで教えられると思うのですが、それよりも高く飛ぶには背面跳びが一番オーソドックスです。
しかし、この背面跳びも一朝一夕では出来ません。
私も、走り高跳びがやりたくて中学の時に陸上を始めたのですが、一番最初に先生から教えられたことは「バックドロップ」でした(笑)
それも、地面からのバックドロップではなく、全校生徒の前で朝礼の時に使う台を使っての「バックドロップ」。
最初のスタートはここからでした。
そして、ある程度慣れてきたら、跳躍時の踏切位置から半円の半分を描く感じで7歩くらいにポイントおき、そこから走ってジャンプです。
高さは低くても良いでしょう。はさみ跳びで飛べる高さくらいで良いです。
高さと跳躍時のバウンド感覚を付けるためにロイター板(跳び箱の前に置くあの板)を使っての練習も良いと思います。
持論なので効率の良い練習方法はありませんが、ハードルと同様に高さに慣れていくことですね。
あと、踏切位置も高くなるにつれて徐々にずらしていくことです。と言っても、何十cmも変える必要はありませんが。


続いて棒高跳び。
これは、ちゃんと技術指導してくれるコーチや先輩がいないと大変危険です。
私は、教えてくれる人がいなくて、試合などから見よう見まねで大学の練習場でポールを持って助走して突っ込んだのですが、肩が外れるのか。と言う位痛かったです(笑)
なので、この種目は「0点でいいや」と捨てました。
私10種競技の京都選手権覇者ではありますが、棒高跳びは「記録無し」なんですよ(苦笑)
今でも思うのですが、よくこれで優勝出来たなぁ。と自分でも感心しています。


走り高跳びや棒高跳びは、他の種目と違って高さが決められているので、クリア出来る高さで獲得出来るポイントが変わります。
なので、ここでポイントを稼いでおかないと後半の順位に大きく影響してきます。


以上、混成競技で(試合を有利に進める上で)必要な技術を書いてみました。


投擲全般をオマケみたいに書いていますが、実はこれも得点を稼ぐ上では大きく出てきます。
砲丸投げや槍投げ、円盤投げ(男子のみ)を疎かにしていると、高得点が遠のいてしまいます。
これらの種目も一定の技術が必要です。
槍投げは高校生から覚えますが、砲丸投げや円盤投げは中学生からでも出来ます。
私達の頃の砲丸投げというと、サークルの端から直線に向かって投げていましたが、世界大会をみると円盤投げのように回転して投げていますね。
これには、かなりの技術が必要かと思われますので、正しい指導方法を教えていただけるコーチや先生から学びましょう。
独学も良いですけど、怪我に繋がりますので・・・


中距離走については、一番最終種目なのでスタミナが全てです。
特に女子の800mは、400mの延長線上のようなスピードを要求されるので、かなりスタミナを要求されます。
まぁ、男子の1500mはもっと要求されるわけですが・・・。


何度も書いていますけれど、混成競技というのは「しんどい」です。
ですが、その「しんどさ」が終わったときの達成感はハンパないです。
これは、実際に競技をしないとその達成感は味わえません。


学生時代という長いようで短い競技生活。
一度は、経験されると良いと私は思います。
怪我だけには気をつけて下さいね。


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Posted by いぐぅ 06:00 | スポーツ::陸上競技 | comments (0) | trackback (0)
陸上競技の日本選手権

普段、テレビでは見ないのですが、やっぱり気になる男子100m。
準決勝と決勝をオンライムで見ました。


Facebookでも呟いたのですが、準決勝でゴール直前で流す(力を抜く)余裕は、一体どこにあるんだろう。
と言う位、各選手の実力に驚きました。
私は、あまり男子100mには興味ないのでわからないんですけど、それぞれ9秒台の自己記録を持つ選手が、コンスタントに9秒台を出しているなら、予選、準決勝と流しても良いんですけど、せいぜい1~3回くらいですよね。
片手くらいしか出していない9秒台に、決勝以外のレースを流す必要あるんですかね?
そんなにヤワなんですかね。
決勝では完全にテレビ中継の外になりましたが、出場8選手のなかで準決勝から常にチャレンジャーとして走っていた東京農大二高の栁田大輝君は、常にチャレンジャーとして頑張る姿を見て好感もてます。
結果は7位でタイムもそれ程良くありませんでしたが、今後も期待したい1人です。


女子100mHの寺田明日香選手なんか、オリンピック出場を掛けて予選から積極的にタイムを狙う方が、私としたらこちらの方がよっぽど好感もてます。
男子110mHも予選から積極的なレースをして、オリンピック標準記録突破選手も生まれました。
それ以外の種目でも積極的なレースをした選手は、好タイムが生まれるという結果に終わりました。


男子100mの決勝タイム9秒台が4人もいる中で、物凄く平々凡々なタイムで終わったことに、多分東京オリンピックでは上位入賞は夢のまた夢で終わりそうですね。
私はそう思います。
ただ、多田修平君は前半から積極的に跳ばすレースをするので、彼が決勝に残る可能性に賭けたいです。
(残念ながら山縣君は、予選通過出来たら御の字と私は思っています。)


9秒台をコンスタントに出せる実力選手なら、決勝以外のレースをゴール手前で流すことは、目くじら立てるほどではないと思います。
なぜ、大舞台で常に9秒台を目指す事にチャレンジしないのか。
私には不思議というか異質にしか見えません。
もしも、個々の選手が限界を超える走りをしないと、9秒台は簡単に出ない。それ以上は怪我をしてしまう。のなら、それまでの選手だと私は思います。
自己ベスト9秒台も実力では無くあらゆる条件の下、実力運で達成したと。

準決勝のレースで、デーデーブルーノ選手と高校生の栁田大輝選手くらいですね。
チャレンジャーとして最後まで走りきった選手は。
その結果、決勝レースでデーデーブルーノ選手は自己新記録を出した上に表彰台を獲得したのだと思います。
常にチャレンジ精神を持って、一つ一つのレースを大切にして欲しいです。
選手として大成する期間は、あまりにも短いのですから。。。


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Posted by いぐぅ 06:00 | スポーツ::陸上競技 | comments (0) | trackback (0)
私の110mHが全国で通用するようになったキッカケ

ここ十数年、高校生の男子110mHがめまぐるしい成長で、もしも私が今の時代に生まれていたら、きっと端にも棒にもかからない平凡な高校時代を過ごしていただろうと思います。
高校時代のベスト記録が14秒45(当時京都高校新記録)なのですが、今じゃ都道府県別大会でも優勝出来ないでしょう。


私が京都で常勝出来るようになったのは、高校2年生の秋から。
一応、高校2年生の時に京都インターハイで4位に入賞し、近畿インターハイに駒を進めましたが、当然のことながら予選落ちで終わりました。
夏に今の京都ユースでも勝てるようになりましたが、その時点では「勝って当たり前」のような空気がありました(笑)


そして、私のターニングポイントは、近畿ユースですね。
これまで、近畿大会に出場した経験は、
・中学時代無し
・高校1年の近畿ユース(予選落ち)
・高校2年の近畿I.H.(予選落ち)
と予選落ちが当たり前でした。

その近畿ユースで予選をかろうじて通過。
決勝では、良いコース(6コースだったかな?)を割り当てられたので、「何とかせなあかんなぁ。」と少し緊張・・・なんてありませんでした。
なんせ、この大会2日間の日程で私がエントリーしていたのは、
・110mH
・400mH
・4x100mR
・4x400mR
とエントリーされていたんですね(笑)
私の過去記録を見ると、400mHの記録がないのですが、確か出場した記憶はあります。けど予選落ちだったと思います。
で、110mHの決勝では、「何とかせなあかんなぁ。」というのは、決勝で4x100mRにエントリーされたことなんですよ。
それで、110mHの決勝を臨んだわけでして、内心「自己ベスト出せたら順位はともかく許してくれるかな?」とも考えていました。
当時、近畿地区で110mHに強い選手と言えば大阪の野志君でした。
その頃の私は、京都で井の中の蛙状態・・・と言うよりも、自分のことでいっぱいいっぱいだったので、誰が強いとかそう言うのは無頓着でした。
無知というのは恐ろしいですね。

そして、レースがスタート。
あっと言う間に終わり、何と2位になりました。
1位は野志君だったと思うのですが、正直覚えていません。
これまで近畿大会で入賞に無縁だった私が入賞したことで根拠はありませんが自信が付きました。
これが私のターニングポイント(キッカケ)です。

それ以来、高校3年の国体準決勝まで負け無し・・・と言うわけではなかったです。
高校3年生の近畿インターハイ終了後、全国インターハイまで大会らしい大会がないため、全国の雰囲気に慣らすため「日本ジュニア選手権」というのが7月にあり出場しました。
この大会は、20歳未満の選手が対象なので、大学生と一緒にレースをするんですね。
たった1年しか変わらないはずなのに、ウォーミングアップで大学生の圧倒される気迫に負けて予選落ちしました(苦笑)
でも、それが逆にプラスになりました。
だって、次の大会は全国大会ですし同じ高校生ですからね。

とにかく、自分には全国インターハイで勝てる!と言う保証はどこにもありません。
当時、専門雑誌でも「本命がいない。」と書かれるくらいです。
2年生の宮崎工業高校の関君か私かどっちかだけど、それでも本命無しでした。
だから、私は奢らず愚直に110mを全力疾走するだけだな。と考えられるようになりました。

あとは、地の利ですね。
当時の全国インターハイは神戸ユニバでしたので、近畿インターハイが自動的にリハーサル大会としてやるんですよ。
ここの会場は、風がきつくてね。
午後になると強烈な向かい風になるんですよ。
だから、身長の高い私が圧倒的有利になるんです。
だって、ハードル間を全力で走っても詰まりませんからね。

それで優勝することが出来ました。
これは、私の全人生の運を使い果たしたと言っても良いでしょう。
・本命無し
・地の利
こんな偶然は、後にも先にもありません。


そして、もう一つ、私の110mHが全国で通用したキッカケの一つに、京都国体の決勝100分の1秒差で負けたことですね。
私自身、全国インターハイで勝ってから天狗になったつもりはなかったのですが、先生から見るとかなり天狗だったようです。
それで負けたのだと。
強烈なアッパーをもらって大学へと進学し、精進するのでした。

でも、ダラダラと競技人生を続けるつもりもなければ、陸上で飯を食っていくことはあまり考えていなかったので、大学進学するときに目標を立てました。
・3年以内に13秒台を出す
・東京世界陸上に出場
この2つに絞りました。
この目標には達成出来ませんでしたが、色々と経験を積ませてもらいました。

・日本インカレで最高4位入賞
・日本選手権3位入賞
・スーパー陸上出場
・京都インカレ4連覇
・関西インカレ4連覇ならず(笑)
・日本ジュニア選手権優勝

などなど。
海外遠征することが殆どなかったのですが、全国インターハイ優勝したメンバーで中華人民共和国へ遠征し、日中豪対抗戦で知り合ったのが良い思い出ですね。
始めは完全にアウェーでしたが、そのうち色々と話をしていくうちに仲良くなりました。
あの頃のメンバーと同窓会とかやれば集まるかなあ。
合宿とかはっちゃけて面白かったなぁ。


明日から近畿インターハイが始まりますね。
皆さんの健闘を祈念します。


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Posted by いぐぅ 06:00 | スポーツ::陸上競技 | comments (0) | trackback (0)
その先にあるものは、何も無い

菓子万引きで7度逮捕、「食べ吐き」も…治療続ける元マラソン女王「必ず立ち直る」


この事件はよく覚えている。
私のもう一人の師である岡本さんが再三Facebookで訴えていたことだ。
私は、同じ陸上でもマラソンや長距離について専門外なので、その練習方法について素人である。
なので、こーだあーだと言える立場ではないのだが、確実に間違った練習方法は、体重を極限まで落として長距離を走る練習だ。


体重を落とすと言う事は、まず脂肪を落とすことになる。そうなると筋肉は付きにくくなるし、長距離レースでは大量のエネルギーを消費する。
エネルギーの源は脂肪である。その脂肪の蓄えがなければ、いずれ身体は悲鳴を上げて故障に繋がる。
身体だけの故障で済めば良いけれど、この記事を読んで考えさせられたのは、精神も病んでしまうと言う事。
摂食障害を引き起こし、最悪窃盗症にまでなってしまうと言う。
海外から見ると【クレイジー】と思えるだろう。

あまりテレビを見ない上、マラソンレースなんてもっと見ないのだが、たまにニュースで報道される女子マラソンを見ると、日本人女子の身体は海外と比べても良く言えば華奢である。
ガリッガリ骨と皮だけしかないのかと言うくらい無駄な脂肪も筋肉もない。


日本の長距離コーチが、今どの様な練習方法をしているかは知らないが、旧態依然のようなことをすればその先に未来はないし、いっとき花が開くだけであとは枯れていく一方である。
長くは続かないですし、まず選手のメンタルやその後の人生が壊れていく。
また、高校女子陸上において鉄分注射も話題になっている。
数年前に陸連から通達が出ているはずなのだが、未だにコッソリと続けている学校もあると噂に聞く。
こんな間違った練習指導方法は、すぐさま陸上競技界から追放しなければならない。
もっと栄養基礎学力を選手やコーチに身につけさせ、長時間長い距離を走る練習をするやり方ではなく、短時間で効果的に選手に負荷のかからない練習方法を編み出すべきだろう。
昭和の根性論は、もう過去のものとして扱わなければならないと私は痛切に思う。

原元選手のような悲劇を二度と起こさないためにも。


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持論◆学生時代の名指導者たるもの

これはあくまでも私の持論なので、異論は大いに受け入れます。


私の中で名指導者というのは、
・毎年数名の選手を全国大会に送り出す
・全国大会で優勝する
・名誉欲がないこと


細かいことを挙げるとキリがありませんが、この3点セットが私が持論する名指導者です。
私は、非常に運が良かったのか、中学、高校、大学と名指導者に当たりました。
中学では、全国大会に行けたし(記録無しで終わったけど)、
高校では、高校2年生夏から種目変更して、全国インターハイで優勝したし、
大学では、オールフリーで練習させてもらえたので、日本選手権で3位、世界陸上標準記録Bを突破しました。(出場はなり得ませんでしたが。)
でも、目標としていた13秒台を出せなかったのが、唯一悔やむかな?


社会人では、学生時代に多くの犠牲?を払ってきたのでスッパリと辞めたのですが、それについて後悔は微塵もありません。
私と同世代の人達(大学時代を除く)は共感を得られると思いますが、血反吐を吐くような練習の日々で、盆も正月もなく合宿三昧に明け暮れていた時代もありました。


そして、これは私が痛感することなのですが、中学にしても高校にしても大学にしても、自身の成績はそこそこ良くても後輩の成績が良くありませんでした。
同じような練習方法や、理論を説明しても全国どころか地区大会が関の山でした。
これをみて、「私には、指導者として向いていないな。」と自覚しました。
そんなことを言うと、「たった1~2年で後輩が先輩を超えるような成績を残せるなんて、簡単に出せたら指導者なんていらんやろ。」と言われます。
まぁ、確かにその通りなのですが、どうも私の場合、自分より先輩(大学時代を除く)が全国で活躍し、自分がそれを追い越すことをしていると、私から後輩への伝え方に問題があったのだと思うのです。
この問題に、足りない脳をフル回転しても答えが見出せないので、もう考えるのを諦めています。


なので、私が時折高校生に練習を見るときは、30年前に教わったこと(特に米国で教わったことは、日本のやり方とはまるっきり正反対で勉強になりました!)を伝えています。
今では、その恩師がYouTubeで練習方法を公開されているので、私が説明するよりも直接見た方が良いかと思います。

陸上選手亝誓Root coming

このトレーニング方法や理論を見ると、私が学んだ当時のやり方が如何に前時代的なのかわかります。
特に中学生や高校生には見てもらいたい動画チャンネルです。
逆に前時代的な考えを持った指導者だと、発狂するような内容かも知れません(笑)

この動画を視て、その練習方法に近いことを、中学の冬季練習に取り入れていたのは、やっぱり名指導者だなあ。と思います。
無茶苦茶しんどかったし怖かったけど…(^^)


私は指導者の道に進まなかったので、名指導者ではありませんが、迷プレイヤーであったことは間違いないでしょう。
特に大学時代、多くの先輩方(他校を含む)に優しくされたのは、一生忘れられないですね。

後輩には、卒業してから、京産大、同志社大、立命館大、関西大、関学大のハードラーを中心に「ハードルグランプリ」と言うのをやりました。
3年くらいやったかな。
当時、ラップトップワープロを駆使して、この時期にデーターを集計して全員(だったか記憶があやふやだが)に冊子として配り、上位入賞者には賞状を贈ってました。
合同練習会も1回だけやったかな?
冊子を作るのが大変でした。
最初は、ワープロで印刷していたんだけど、あまりにも印刷速度が遅い(当たり前だが)ので、会社のコピー機で印刷してました。
当時の資料は、私も紙として原本を未だに持っています(^^)
ちょっと脱線しちゃった。

今は、色んな大会が充実していて良いですね。
110mHのレベルもグーンと上がって、今じゃ100mを11秒台で走っている選手じゃ、地区選手権に勝てないかも知れませんね。


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キング・オブ・アスリート

陸上競技界のキング・オブ・アスリートと言うと、一般人なら「100m!」でしょう。
たった100mを男子が9秒台で走りきるレースは、いつ見てもハラハラワクワクするものです。


これは、私の物凄い偏見が入っているのですが、私の陸上競技界のキング・オブ・アスリートと言うと

【走る】
100m
マラソン

【投げる】
槍投げ

【跳ぶ】
走り高跳び

の4種目です。
4つもあるんかい!と言われそうですが、陸上競技というのは、【走る】【投げる】【跳ぶ】を総称しますから、それぞれの部門から1種目ずつ選ばないとナンセンスなんです。
【走る】部門に2種目入れたのは、単純にシンプルです。長いか短いか。甲乙付けがたいので。
【投げる】に槍投げを入れたのは、やっぱり未だに日本記録保持者の溝口さんを間近で見てきたからですね。
もしも、身近で室伏広治のお父さん室伏重信さんを見ていたら、ハンマー投げになっていたかも知れません。
【跳ぶ】に走り高跳びを入れたのは、自分がやっていたのもあるのですが跳躍が格好いい&綺麗なんですよ。
YouTubeでたまに見ることがありますが、ウットリしてしまいます。
決して、自分の跳躍が綺麗だなんてナルシストじゃありませんからね!


と、前置きが長くなりましたが、陸上競技界のキング・オブ・アスリートの本命は、【デカスロン】。
デカスロンとは、なんぞや?と言いますと、混成競技のことを指します。
読んで字のごとく、混成。色んな種目をやって得点を付けて、合計得点で順位を争います。


小学生に混成競技はありませんが、中学生からあります。
「4種競技」と言われるものです。
私が中学時代の頃は、【3種競技A】と【3種競技B】が存在していたのですが、いつの間にか「4種競技」に変わってました。
これを1日でやります。
私は、中学3年生の時に1度だけ【3種競技A】に出場しました。
種目は、100m/砲丸投げ/走り高跳び。点数については、サッパリでしたが全国大会出場まで数百点の記録でした。(300点くらいだったかなぁ?)
この時に私は混成の魅力を感じましたが、いかんせん大会が少なくて1度キリで終わりました。


高校に進学してからは、「8種競技」というものに出会いました。
この時、全国インターハイに出場しない選手は、半ば強制的なエントリーをさせられました(笑)
私が進学したときにルールが変わった(それまでは5種競技)んだと思うのですが、残念ながら証拠がありません。
この8種競技というのは、2日間に分けて1日4種目を競います。
【1日目】 100m/走り幅跳び/砲丸投げ/400m
【2日目】 110mH/槍投げ/走り高跳び/1500m

なかなかハードでしょ?それぞれの日の最終種目がロングディスタンスです(苦笑)
私はこの8種目の中で、やったことがないのは110mHと槍投げくらいです。
なので、それぞれを先輩や同輩に教えて貰いました。
あ、110mHは高さが106.7CMで、中学の時にやっていたのは100mHで91.4CMでした。(84CMだったかも知れない。)
なので、未知の高さだったんですよ。えぇ。

高校3年間、京都府高校記録を目指して11月の滋賀県記録会にまで出場したのですが、調整時期に万博でジャンピングの練習を散々させられて、足腰に疲労が溜まって更新出来ませんでした。
(あの時ほど、S先生を怨んだ事を忘れない。)
100mは自己新記録の10秒9を出せたものの、走り幅跳びでは6mを超えられず、110mHで稼ぎ、苦手な1500mでも4分40秒台を出したものの、走り高跳びで稼げずで散々でした。
滅茶苦茶しんどいのですけど、途中で走り高跳びから110mHに転向して開花したけれど、混成競技もまた別の意味で魅力がありました。


そして、大学に進学してからは、社会人と同じ【10種競技】=デカスロンになります。
8種競技にプラス2種目追加されます。
【1日目】 100m/走り幅跳び/砲丸投げ/走り高跳び/400m
【2日目】 110mH/円盤投げ/棒高跳び/槍投げ/1500m

数ある種目の中での真骨頂  -- 2017-06-12 Monday


この時にも書きましたが、とにかくしんどい。
これも1回しか出場しませんでしたが、1回出場しただけで十分でした(笑)
この1回出場して、京都府選手権で優勝しましたが。(過去最低に近い点数で優勝。)
何度でも書きますが、棒高跳びだけは技術的な情報を全く知らないため、なんの練習を始めたら良いのか分からず、ノープランで大会に挑みました。
結果的に記録なしで0点に終わりました。


今のルールでは分かりませんが、当時のルールでその種目を棄権すると、以降出場出来なくなるんですよ。
棒高跳び出来ないから棄権すると、そこで失格。記録は7種目の合計得点で順位が決まります。
だから、出来なくても3回ファールをしてNM(No Mark)を付けないと次の種目に進めません。
シビアな大会だと、この1種目0点で順位は大きく変動するんです。当たり前ですが。
世界では9000点オーバーと、もはや私にしたら変態の領域です。


オリンピックに出場するためには、国内で8000点以上出すことが必須です。
8000点と行っても一般人には、ピンと来ないのでサイトにある得点計算機で記録を出してみました。

8000点オーバー


【1日目】
100m=11秒27
走り幅跳び=6m95cm
砲丸投げ=15m16cm
走り高跳び=2m
400m=50秒32

【2日目】
110mH=15秒41
円盤投げ=46m59cm
棒高跳び=4m64cm
槍投げ=64m09cm
1500m=4分21秒77


ですよ。これで8000点ちょうどです。
棒高跳びで4m64cmと言う試技は殆ど無いので、4m70cmが現実的な答えでしょう。
私がこの10種目の中で生涯記録が超えているのは、100mと110mHだけです。
過去に経験した走り高跳びですら7cm足りない。
投擲系は全然パワーがないのでその半分超えるのがやっと。
日本のトップランナーでも、8000点を超えているのは片手もいません。
簡単に8000点というのですが、それ程過酷で困難な競技なんです。
だから、キング・オブ・アスリートなんです。


でも、陸上競技を経験していく上で、混成競技は一度やって欲しい競技です。
「最後に1500mなんて無茶やわ!」と言いますが、その終わったあとの開放感は堪りません。
その開放感こそが、混成競技の魅力なのです。
伝わりましたかね?
伝わらないか。。。


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Posted by いぐぅ 06:00 | スポーツ::陸上競技 | comments (0) | trackback (0)
私にとって今日がとある記念日

例年、この時期には全国高校選手権、通称インターハイが行われています。
今年はオリンピックの関係で、1~2週間ずらしての開催だったのですが、例の武漢ウイルスのせいで全国大会が中止となりました。
これほど悲しい結末はない。と言って良いほど、インターハイ経験者は言うのです。武漢ウイルスが憎いと。
まぁ、出場に縁もゆかりも無ければ、クラブ活動に理解されないだろうし、そんなスポ根(スポーツ根性)のどこが良いねん。てなるでしょうね。


それはさておき、うん十年前に私は全国インターハイの頂点に立ちました。
学校対抗得点でも優勝。感無量の1日でした。


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